昨年のmy bests 展覧会

08後半は全く記事投稿していなかったため、一気に振り返りをしようと思う。

美術展、my bests;

○大琳派展

自分が抱いていた琳派への誤解と偏見(gritterなだけじゃん、みたいな)の壁が一気に崩れた。

光悦から酒井抱一と、時間軸を超えて、美の遺伝子が伝わっていく。

作品ひとつひとつが光を放っているような。美の宝物のオンパレード。

風神雷神は何度見ても圧倒される。とりわけ宗達様のは「あ、教科書のあの絵」と条件反射してしまいます。

○対決、国宝展

時系列的なわかりやすい展示がよい。雪州の凄さを実感。

○フェルメール展

小さな画面の中に静謐な空間と穏やかな時間の流れを感じる、一品一品の完成度の高い素晴らしい展覧会。幸せな気分になった。

○コロー展

完成度の高い、世界中に誇れる展覧会。

コローの魅力が存分にひきだされていた。

| | コメント (0)

鷺娘@歌舞伎座

11時開演に間に合うよう気合をいれて劇場へ。

富十郎丈の翁、緊迫感と華やぎに大満足。

幸四郎丈の俊寛、菊五郎丈の清心に、大俳優の余裕を感じる。

私の一番の目当ては、鷺娘。

舞踊公演で2度ほど拝見したことがあるが、歌舞伎座でははじめて。

玉三郎丈が登場したとたんに、周囲の観客の気配が明らかに変わる。観客の気が全て舞台にひきよせられた感じ。まさに息を呑んで見つめる。

”瀕死の白鳥”的エンディングは強烈だが、今回私には娘装束のかれんさと初々しさが印象深く残った。

| | コメント (0)

ウイーンのオペラ座

年始に3泊6日強行日程でウイーンへ。

目的はオペラ座鑑賞。

「こうもり」「くるみわり人形」「愛の妙薬」を満喫。

演奏者も観客も日本と比べてリラックスして”楽しむ”雰囲気。

歌舞伎座の新春公演の華やぎと共通するものを感じた。

| | コメント (1)

ラ・マンチャの男

言わずと知れた松本幸四郎の代表作。

今回、<牢名主及び宿屋の主人>役に蜷川シェイクスピア常連の瑳川哲朗が出ているのも嬉しい。彼が登場すると”シェイクスピア”空間同様、一層空気が濃密になったように思えた。

最初に見たときは難しくて理解できなかった私だが、徐々に作品の深さと感動を受け止められるようになってきた。

心に残るセリフが沢山ある。

佐藤輝のサンチョ「理由はないさ、ただご主人様が大好きだからついていくのさ」。

幸四郎のドン・キホーテ「事実は真実を隠す」「勝ち負けは問題ではござらん」
「世の中は心が見たいように見えるだけ  私にはお城に見える」「この世に幾ばくかの優雅さを付け加えたいと存じまして…」。

理性と論理でとらえると破天荒な舞台、カラスコ博士の眼で見れば狂気の世界、しかし、ドン・キホーテは観客の心に眠る”真実”と”夢”に語りかけ、”事実”で曇った眼を覚ましてくれるのだ。

瀕死のドン・キホーテの前に駆けつけたアルドンサが言う。「あんたはあたしの人生をすっかり変えちまった」。アルドンサはその後について言葉では語らないが、彼女が勇気を持って自分の人生を踏み出したのがわかる。

見ている私も、ドン・キホーテの心意気にすっかり変えられてしまったようだ。

劇中劇のキハーナは死んだが、アルドンサ(彼女は今やドルシネアだ)が言うようにその心意気は死んでいない。そう信じさえすれば!

「ドン・キホーテは死んではいない。信じるんだ、サンチョ、信じるんだ!」

舞台の最後のセルバンテスの言葉、”勇気を持って踏み出そう”は、

まさに、現代の人びとへの励ましのメッセージだ。

(@帝国劇場)

| | コメント (0)

薬師寺展

NHKの日曜美術館という番組の展覧会情報にて「日光・月光菩薩立像、聖観音菩薩立像を間近で拝むことができる」とのこと、いそいそと訪れてみた。

誰も彼も皆同じ番組を見、魅力を感じやってきたのか、まるで縁日のような賑わい。

聖観音菩薩立像のお姿を、横からも、失礼して後ろからも、じっくりと拝見できたのはこの上ない幸いであった。現地のお堂では、御厨子の中のため全容がよく見えず、またお顔が日の光で煌々と輝いているのであるが、今回はじっくりとその美しいお姿を眼に刻むことができた。御衣装が風を受けて柔らかくたなびき、軽やかで美しい。また後ろ姿のプロポーション、装飾は美の極致である。見えないところだからこそ手を抜かずに心をこめてつくられた、その精神に深く感動した。

1年に1度しか御開帳がなく、今まで対面する機会がなかった吉祥天像を拝めることができるのも有難い。麻布に描かれた独立画像としては日本最古の彩色画とのことである。天女の衣の裾はひらひらと、色合いも質感も鳥の羽のようだ。さぞかしあでやかな天人であったのだろう。時空を超え美を感じる点は正倉院宝物と同じオーラを感じた。

(6月8日まで @東京上野 東京国立博物館)

| | コメント (0)

風景との対話~東山魁夷展

東山魁夷の作品は、心に響く。

観覧者である自分自身が、絵画である風景の中にいつの間にか溶け込み、その光や木々をわたる風を感じているのに気づく。

「道」、「残照」からは、一切皆苦であるかの人間世界と、それを超える自然の包容力が伝わってくる。静かな画面でありながら”いのちの叫び”を感じた。

「月篁」、「白夜光」を見つめていると、ふっと意識がいつしか月明かりの画面の中に飛んでいる。現実との境界がなくなり絵の中に自分が在るかのような。

祇園丸山公園のしだれ桜であろう「花明り」は、桜を題材にした能舞台のような空気を感じる。

氏の作品にはこれまで何度も接しているが、とらえかたが毎回違う。

絵が語るだけではなく、自分の心が作品というフィルターを通じて、心の底の無意識との対話をはじめるのだ。

風景の風に吹かれて、固まった心の底の氷が溶け、表面に浮かんでくるのかもしれない。

眼に映る世界は自分の心が作り出すものだ、そんな言葉をきいたことがある。この逆も然り、風景絵画を眼に刻むうち、いつの間にか、自分の心自体が絵のように爽やかに穏やかな心地になっていくようだ。

(5月18日まで。@東京竹橋 国立近代美術館)

| | コメント (6)

能は観客参加型舞台!?

こしがや野外能鑑賞記その2.

開演前に解説。能の型(動き方)は決まった同じものだが、間の取り方や演者の心持ち次第で様々な表現になる、という。そして「立ち上がり、角に向かって歩き、ねじる」という所作を、神様、勇壮な男、高貴な貴人という3パターンで演じてみせる。

所作自体は全て同じ。3つは、全く違う様にも見えるとも、さほど違わなくも見えるとも、微細な差である。

解説の先生がここで一言。「そのように思ってみればそう見えるでしょうが、大して違わないようにも見えますね」

まさにそのとおり。観客が、”これは都の貴人が歩く様だ”と想像することによって、舞台のイメージが大きくふくらむ。

逆に、観客が何のイマジネーションも持たずに見る場合、それはそれで刺激はあるかもしれないが、舞台についていくのは大変であろう。

今回公演のメインの吉野天人。吉野の満開の桜、しかも宵闇の中に、天人が現れるという設定。

何ら特殊な舞台装置のないシンプルな能舞台であるが、そこが吉野の桜千本の中だとイメージすることで、舞台が華やかなものになる。

観客の想像力そのものが重要な舞台装置なのだ。

観客参加型舞台といっても過言ではない。

| | コメント (0)

野外能楽堂での吉野天人

越谷市郊外の日本庭園花田苑の中にある、「こしがや能楽堂」。

国立能楽堂をはじめ、多くの能楽堂は室内に設置されているが、この能楽堂は昔ながらのスタイル、屋外の舞台。

ぽかぽかとした春の日差しを浴び、桜の花びらが舞う風を心地よく感じながらの能楽鑑賞。室内で緊張して鑑賞する能公演とは違い、実にのびやかな心が開放されるひとときだった。

能、日本の芸能の原点は、こういったのびやかなものだったのではないか。風や空気を感じて大地や自然と繋がって表現されたものだったのかもしれない。

仕舞、狂言に続いて、能「吉野天人」へ。

吉野の山に花見に訪れた都の貴人の前に、天女が現れ舞うという、幻想的な話。折りしも日本庭園は桜が満開。そして青空。なんと素晴らしい偶然の一致であることか。

まるで吉野の桜の苑にいるかのようにも想像できる。

小書(特殊演出)により、今回はシテのほかに5人の天人が登場。

美しい装束と舞いとに、ただただうっとりである。

見ている自分の心が美の神様と繋がったかのような、そんな一瞬を感じた。

| | コメント (2)

アイーダ@新国立劇場

新国立劇場が10年前、杮落としで上演した、 フランコ・ゼッフィレッリの 演出・美術・衣裳の豪華絢爛舞台の再々演。

新国立劇場オペラの質がこの10年で劇的に向上していることを実感。何といっても合唱団とオケのパフォーマンスの上手さが素晴らしい。

そして、フランコ・ゼッフィレッリの 演出・美術・衣裳。まるで、大画面のベネチア派の絵画がそのまま舞台に再現されたかのような、深みのある色彩感と質感がある。

まるで絵が動いている!(場面ジャンルは違うが、まるで”カナの婚礼”の絵画世界が再現されたかのような!)が、幕が開いた瞬間の印象。

登場人物の配置は、フレスコ画のように色彩トーンを揃えられ、グラデーションが美しい。

照明の完璧さ。凱旋の場面は輝かしい栄光の光の強さと、エジプトの乾燥した埃までも感じる。夜の光の碧さは幻想的。

舞台の美しさに感動のあまり、舞台写真を数枚購入したほど。

これほど素晴らしい舞台は、もしかすると欧州のオペラハウスでも見ることはできないのでは、と思う。昨年ローマ歌劇場でゼッフィレッリの椿姫を見る機会に恵まれたが、舞台美術に関してはこのアイーダの濃密さには及ばなかった。

ソリストたち、特にアイーダのノルマ・ファンティーニやアムネリスのマリアンナ・タラソワの美声に酔いしれた。
オペラの醍醐味を心の底から味わえる舞台。

今まで日本国内で見た最高のオペラといっても過言でない。

| | コメント (0)

藤十郎の京鹿子娘道成寺

歌舞伎座三月公演(夜の部)坂田藤十郎喜寿記念

京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)  道行より押戻しまで

白拍子花子  藤十郎
大館左馬五郎照秀  團十郎

藤十郎が舞台に登場した瞬間に空気が変わる。存在が力強く大きいのだ。

娘姿は艶やかで、しおらしく、美しい。そして明るく芯の強さがある。

しなやかで華やかに舞う姿は、年齢を全く感じさせない。エネルギッシュで天の気と繋がっているようでもある。観客の私は、見ているだけで活力をいただいた。

良いものに接した心地よさで心が満ち足りた。ライブで見ることができ、幸せ。

| | コメント (0)

«スーパー歌舞伎ヤマトタケル